


わが一門の基礎の真髄である。視覚を鍛えることこそ武術修行の中でなくてはならないものである。
敵と相対した場合、瞬時に相手の情報を読み取る
自分の間合いを認識する相手の構え、体の大きさなどにより、大まかな相手の間合い、相手の死角、自分の安全地帯、又、その変化などをよみとる。
その上で戦いを組み立ててゆくのである。
そのような事も全て視覚より収集できることである。
これらの情報は、コンマ0何秒でめまぐるしく変化をしてゆくものである、
次にその変化に対応できる探視・推視。そしてそれについてゆける身体能力が必要になる。
身体能力の中でも最も大切なものは脚技である。脚技といっても派手な蹴り技ではなく、まず大切なのは歩方である。
良く視る事と歩法がしっかりしていれば、間合いを読むこと、間合いを切る事、が出来る。
「武術は間合いなり」と謳う武術は多くあるが、まさにこのことである。
次に三丹と記したが、いわゆる、臍下丹田である。
中国拳術の丹田の用法は複雑で、いわゆる発勁の原動力であるが、ここに取り上げられる丹田は、いわゆる度胸に通ずる胆力の意である。
この胆力と言うものは、実は非常に重要で、最終局面に於いては総ての『覚悟』につながるものである。
四番目の力は、言わずと知れた直接的技法と打撃力のことである。
強さを具現化するためには非常に重要な要素である事に間違いはない。
しかし、一般的に強そうに見える人は、一力、二胆、三脚、四視になっている場合が多い。
皆さんには基本に則った修行の上で、心と技術のバランスのとれた強さを目指してもらいたいものである。

